Jan 07, 2009

ホテル予約はインターネットで便利

ホテル予約は、インターネットサイトでくれれば便利です。インターネットなら有無をサイトで確認できますので、安心して予約を取ることができます。インターネットとサイトの写真の通りの良いホテルであるかどうか心配になることがあります。しかし、今ではホテルのレビューサイトがあるので、実際に泊まった人のレビューを見て確認することができます。
名古屋のホテルのフロントで110番通報があった。私が現場に走って、3階の部屋で女性が死んでいた。ロープが首にガムギョイトは、ところを見ると、おそらく他殺だ。目撃者の話によると、昨夜10時頃、女性は名古屋のホテルに到着したという。死体が運び出された後、私はすぐに案を検討した。
 主婦の妻と2人の幼い子どもを持つ、働き盛りの36歳会社員。ある日突然、がんを宣告されたら……。

 現在大阪市住之江区のガス導管・材料商社「新和産業」に勤める川上秀和さん(41)=京都市下京区=は05年12月30日、突然、「キーン」と左耳筋から頭にかけて痛みを感じた。微熱と首のしこりも現れ、年明けに当時の勤務先の広島市内で病院の診察を受けた。血液のがん・悪性リンパ腫の一種「非ホジキンリンパ腫B細胞型高悪性度悪性リンパ腫4期(バーキットリンパ腫)」だった。

 「やばすぎる。死ぬのか」。診察室で川上さんは体が固まった。無限にあると思っていた人生の時間が有限になったと感じた。妻由美子さん(41)と小学1年の長男、園児の長女の顔が目に浮かんだ。隣で凛(りん)とした様子で医師の説明を聞いていた由美子さんは涙を流し、「頑張ろう」と一言だけ言った。転職10年目だった会社に事情を話し、休職した。

 06年2月、入退院を繰り返す生活が始まった。抗がん剤投与や白血球をコントロールする治療は第6クールまで続いた。高熱で意識が無くなりかけたり、副作用で髪が抜け、激しい口内炎に苦しんだ。友人らから励ましの手紙が届いたが、暗に「死なないか、大丈夫か」ととれるものもあり、「治ります、ご安心を」と自分を鼓舞するように返信した。同年7月の長女の6歳の誕生日は自宅で過ごせたが、「来年は一緒に祝えないかもしれない」という不安が脳裏をよぎった。

 治療期間中、常に死への恐怖と「なぜ自分だけ」という孤独感に襲われた。「いつ死んでも直前の思いが家族に分かるように」と小まめに闘病記を書いた。感覚が研ぎ澄まされ、感情の起伏が激しくなった。見舞いや子育てを献身的にしてくれる由美子さんに感謝する一方、ささいなことで腹を立ててしまった。「後悔しないように」とスケッチや読書、作詩など趣味を広げた。輸血の際、善意の提供者の存在を思い、「一度も献血したことがない自分はなんて愚かだったのだろう」と後悔して泣いた。

 つらい治療が効き、07年1月、病院から症状が安定する「寛解」と認められた。翌2月、約1年ぶりに職場復帰した。

 入院中、家族の有り難さを心から感じた川上さんは言う。「自分は病気になって、仕事第一主義から家族第一主義に変わった。病気の人もそうでない人も、時には歩みを止めて『人生で一番大事なもの』を考えてほしい」【土本匡孝】

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 「1日でも早く復興しますように」。大地震に襲われたニュージーランド・クライストチャーチで、木の枝に願いをつづった赤いリボンが付けられている。日本語のメッセージもあり、さまざまな思いが風に吹かれて揺れている。

 被害の大きかった市中心部で会社を経営するブルース・フィリップスさん(63)が先月26日、オリーブなど2本の木を植えた大型プランターを会社前に設置。リボンも置いてメッセージを募ったところ、1週間で約200本が寄せられた。フィリップスさんは「メッセージを書きたい人がいる限り続けたい」と話している。【小川昌宏】

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 吉野林業の原点である吉野杉の酒の樽(たる)、桶(おけ)を復活させ、そのよさを見直す「銘木と銘酒の町フォーラム」が5日、奈良県吉野町の中央公民館で開かれた。約200人の参加者は、約60年ぶりに樹齢100年の杉で作られた木桶仕込みの新酒を試飲し、香りを堪能した。

 企画したのは町内の木材、醸造関係者らでつくる「吉野ウッドプロダクト」(上垣公俊代表、12人)。木材不況が長引く中で「原点に戻りまず樽、桶から吉野杉の魅力のPRを」と発案した。年輪が細かく香りが高い吉野杉は約300年前、酒造地・伊丹、灘の酒樽材として育林が始まった。酒造用は町内でも姿を消したが、首都、関西圏の蔵元へのアンケートで約1割が使いたいと回答した。

 今も大型の仕込み桶を作る藤井製桶所(大阪府堺市)が高さ150センチ、直径140センチの桶を作り、メンバーの「美吉野醸造」(同町六田)が仕込んだ。同社で試飲した桶製作者の上芝雄史さんは「普通では考えられないレベル。吉野杉だから実現できた」と満足顔。大阪市の村岡幸年さん(62)は「杉の香りがなじみすっきりしている。びっくりした」と話していた。【栗栖健】

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